東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3123号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
一般に、民事事件について訴訟委任を受けた弁護士は、委任の趣旨に従い、善良な管理者の注意をもつて委任事務すなわち依頼者(事件本人)の権利及び正当な利益を擁護するために必要な訴訟活動に従事すべき義務を負うものである。そして、右義務を適切に履行するために、適宜事件関係者なかんずく依頼者(事件本人)と面談の上事情を聴取するなどして事実関係を調査し、その結果に基づいて有効かつ適切な主張・立証活動を行うべきであることはいうまでもないところであるし、依頼者からの請求があつた場合はもちろん、請求がない場合でも、時宜に応じて事件の進行状況すなわち委任事務処理の状況を報告し、爾後の事件処理方針について依頼者と打合わせるなどして、事件処理について依頼者の意向が十分反映されるように努めるべきであり、さらに、判決、和解の成立その他の原因により委任事務が終了したときは、遅滞なくその顛末を報告すべき義務があるというべきである。(民事事件について訴訟委任を受けた弁護士が依頼者に対して右のような注意義務を負うことは、被告も争わないところである。)
そこで本件についてこれを見るに、前記訴訟の第一審から上告審に至るまでの間、中村弁護士が、一度も直接原告に面談せず、事件についての事情聴取をしなかつたこと、また、訴訟の進行状況及び結果を一度も直接原告に報告しなかつたことは、当事者間に争いがなく、同弁護士が右の各措置をとつておれば原告からの事情聴取に基づき右訴訟上当然主張・立証できた筈の前記占有面積の相違及び前記賃貸借合意解除に伴う土地明渡の各事実が主張されなかつた結果、原告が過大な賃料相当損害金の支払いを命じられるに至つたことは、既に認定した事実関係に照らして明らかであるから、反証のない限り、同弁護士は、民事事件の訴訟委任を受けた弁護士としての前記注意義務に違反したものといわざるを得ない。被告は、この点に関し、中村弁護士は、原告の代理人として同弁護士と訴訟委任契約を締結した訴外戸田小太郎と打合せをし、相談の上で訴訟の追行に当り、その進行状況及び判決結果を逐一同人に報告したから、同弁護士に債務不履行はない旨主張し、証人戸田小太郎(第一、二回)及び真下成夫の各証言によれば、右被告主張事実を認めることができる(訴外戸田小太郎が原告の代理人として中村弁護士と訴訟委任契約を締結したことは、さきに見たとおり、当事者間に争いがない。)けれども、前記のような事情聴取等の措置は、依頼者が事件本人でないとか、依頼者(事件本人)が事件に関する事実関係を熟知しておらず、むしろその代理人として訴訟委任契約を締結した者等依頼者以外の者の方が事実関係に精通し、かつ、依頼者(事件本人)の利益を代弁し得る立場にあるなど特別の事情がある場合を除き、事柄の性質上、依頼者本人についてあるいはこれに対してなされるべきものであると解するのを相当とするところ、本件については右のような特別の事情があつたものとは認められないから、前記のような被告主張の事実関係があつたからといつて、中村弁護士が債務不履行責任を免れる理由とはなり得ないというべきである。
(魚住庸夫)